米沢藩に見る開拓の軌跡

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安積開拓の中心人物である中條政恒はもちろん、開拓所の県官立岩一郎・石井貞廉、時の福島県令山吉盛典はいずれも米沢士族出身であり、安積開拓には米沢藩士族が大きく関わっていました。
1883年(明治16年)には移住開墾人として米沢士族13戸が四十壇原(三穂田町駒屋)に入植しており、桑野村(大槻原)には2戸入植しています。
1932年(昭和7年)10月には中條政恒翁の顕彰碑が開成山大神宮境内に建立されています。
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会津藩に見る開拓の軌跡

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戊辰戦争に敗れ、悲惨な落城を迎えた会津藩士族は、藩主松平容保の子容大とともに青森斗南に移封させられたが、想像を絶する厳寒と過酷な生活によりやむなく会津若松に帰郷しました。
明治14年に政府勧奨により入植しましたが、途中三森峠では猛吹雪に見舞われて難行苦行の末到着したとのことです。はじめは32戸全部が南原に入植する予定でしたが、入会地の少なくなることを恐れた付近の農民が猛烈に反対したため、大槻南原(大槻町)13戸・駒屋北原(三穂田町)3戸・塩の原(三穂田町)15戸・湯の原(三穂田町)1戸の分離入植となりました。安子ヶ島、対面原1戸。
更に、入植原野は地形水利が悪く、度重なる疏水開削願いの末、ようやく疏水路が完成するなど苦難を強いられました。「一尺を開けば一尺の仕合わせあり、一寸墾すれば一寸の幸せあり」の正に忍耐と挑戦の不撓不屈の精神であったことと思われます。
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土佐藩に見る開拓の軌跡

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明治13年に政府勧奨により、入植開始。
廣谷原(東原、中原、西原)には高知開墾社が71戸,山田原(多田野町)の20戸と赤坂(逢瀬町)の5戸は高知協力組が入植し開墾に従事しました。廣谷原は東西に細長く、西南側は高知藩、東北側には鳥取藩が移住しました。ちなみに東原に20戸・中原に25戸・西原に26戸が分散して入植しました。
明治24年6月には廣谷原(富田町)に食物・穀物を司る神の豊受大御神を祀る「豊受神社」(とようけじんじゃ)を奉遷しました。
山田原では、移住してきた高知士族たちが菅原道真を奉斎し、隣の北沢では八幡太郎を祀っていたことから、八幡と菅原の一文字ずつとって合祀し、八菅神社(やすがじんじゃ)を祀りました。
※「豊受神社(とようけじんじゃ)」は2016年(平成28年)4月19日(火)、文化庁により開催された「日本遺産審査委員会」の審議を経て、「日本遺産」に認定された37の構成文化財の一つです。
※「八菅神社(はちすがじんじゃ)」は2016年(平成28年)4月19日(火)、文化庁により開催された「日本遺産審査委員会」の審議を経て、「日本遺産」に認定された37の構成文化財の一つです。
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平成に見る安積開拓の軌跡〜開成山大神宮(郡山市)

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開成山大神宮(かいせいざんだいじんぐう)は「東北のお伊勢様」と呼ばれ、中條政恒が開成山一帯の開拓を進めて間もなく、遙拝所(ようはいじょ:ご神体の無い神社)の設計をしたことに始まります。
1874年(明治7年)に社殿・拝殿が造営竣工すると「遙拝所」を神社に改めることとなり、中條は開拓者の精神的拠り所とするため、開拓民の総意で伊勢皇大神宮の御分霊を奉還したいと神宮司庁に願い出ましたが、許されませんでした。
そのため、中條は旧友の西涼寺大教正鴻雪爪(せいりょうじ だいきょうせい おおとりせっそう)を通じて神宮司庁に働きかけ、ようやく1876年(明治9年)に太政大臣名にて、伊勢皇大神宮御分霊〈内宮の天照大御神(あまてらすおおみかみ)と外宮の豊受大神(とようけのおおかみ)〉・神武天皇の三柱の分霊が奉還されました。その上、社格を県社とすることを条件としていました。
更に、当時申請した社号の「岩代大神宮」の岩代(いわしろ)は国名であるため、伊勢皇大神宮の称呼と類似しているとして却下され、名称を開成山大神宮としてようやく許可されたそうです。(終戦まで県社の社格でした)
※「開成山大神宮(かいせいざんだいじんぐう)」は2016年(平成28年)4月19日(火)、文化庁により開催された「日本遺産審査委員会」の審議を経て、「日本遺産」に認定された37の構成文化財の一つです。
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鳥取藩に見る開拓の軌跡

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1880年(明治13年)に政府勧奨により、今井鉄太郎・坪内元興・仙台吉衛の3人が先発隊として移住。翌14年には鳥取の士族69戸が、廣谷原に入植しました。ここには郷里の宇倍神社の分霊を祀っています。
また、大槻原には明治7年より17戸入植開墾に従事しています。
※1995年(平成7年)に、鳥取女子高校(現・鳥取敬愛高校)の社会部の生徒と顧問の小山教諭が発見した宇倍神社(うべじんじゃ)の古い資料がきっかっけとなり、交流が深まりました。平成17年11月25日には姉妹都市となっています。
※「宇倍神社(うべじんじゃ)」は2016年(平成28年)4月19日(火)、文化庁により開催された「日本遺産審査委員会」の審議を経て、「日本遺産」に認定された37の構成文化財の一つです。
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