米沢藩に見る開拓の軌跡

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安積開拓の中心人物である中條政恒はもちろん、開拓所の県官立岩一郎・石井貞廉、時の福島県令山吉盛典はいずれも米沢士族出身であり、安積開拓には米沢藩士族が大きく関わっていました。
1883年(明治16年)には移住開墾人として米沢士族13戸が四十壇原(三穂田町駒屋)に入植しており、桑野村(大槻原)には2戸入植しています。
1932年(昭和7年)10月には中條政恒翁の顕彰碑が開成山大神宮境内に建立されています。

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↑四十坦原 旧米澤藩士族 入植者の碑
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↑説明文
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↑郡山商工会議所青年部 平成5年10月吉日建立。
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入植者の碑と同じ敷地内にある「駒屋 四十坦原集会場」

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↑笹原川の河川敷に建つどんと焼き風景。
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↑三穂田町駒屋を通る県道55号線郡山矢吹線から望む。
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