安積疏水と安積開拓の今。

現在の郡山の発展は、明治時代に猪苗代湖の水を安積原野へ導いた「安積疏水」なくして語ることはできません。不毛の地から安積開拓により緑の水田へと変貌させるまでには、先人達の大変な苦労がありました。郡山市に生まれ育った一市民としてこの偉業を少しでも肌で感じたいと思い、現在も活躍し続ける安積疏水と新安積疏水、そして安積疏水と関わりの深い水道用水を訪ね歩きました。【写真:安積疏水神社】

◆安積疏水は、国営事業第一号として1879年(明治12年)10月に起工、1883年(明治16年)6月に完成。その後、改修事業により猪苗代湖の取水口は山潟から上戸へ変更。
【写真:上戸頭首工(左) 山潟取水口で活躍したポンプ(右)】

◆新安積疏水は、国営新安積疏水土地改良事業により1941年(昭和16年)~1965年(昭和40年)にかけて造成。その後、老朽化に伴い1997年(平成9年)から改修工事が進行中。【写真:新安積分水工(左) 逢瀬川上流を横断する暗渠(右)】

◆郡山の水道用水は1912年(明治45年)安積疏水の水を利用した豊田浄水場の建設により給水が開始。順次、拡張事業を経て現在に至ります。
【写真:浜路取水場(左) 逢瀬川第一取水場(右)】

◆安積開拓は明治政府の士族授産と殖産興業のため全国9藩から約500戸の藩士族が入植し、開拓事業が開始されました。
【写真:安積野開拓顕彰碑(左) 開拓者の群像(右)】