三穂田町に見る今の安積疏水1(郡山市)

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三穂田地区には安積疏水灌漑排水事業事業として新設された多田野第2頭首工がある。(撮影:12/5/2007)

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↑郡山ニューカントリーゴルフ場側の隧道から顔を出す安積疏水。(建物はゴルフ場の避難所)
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↑ゴルフ場の横は藪状態で安積疏水が見えない。

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↑すぐに水田地帯となり、よく手入れされた開渠を真っ直ぐに流れていく。
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↑逢瀬町大谷への第6分水路がある。
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↑安積疏水の下流を望むと、多田野川第二頭首工が見える。
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↑多田野川への分水工。
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↑多田野川から上流を望む。この先には多田野川第一頭首工がある。
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↑水利使用標識。
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↑多田野川頭首工はゴム起上堰の新工法によるラバーダムとなっている。
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↑ラバーダム表示。1981年(昭和56年)3月設置と読みとれる。
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↑頭首工建物。
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↑集塵機に詰まった落ち葉など償却するスペースがある。
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↑多田野川への分水のための第4号余水吐局建物。
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↑第4号余水吐局の表示。
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↑多田野川頭首工から多田野川の下流を望む。

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↑多田野川頭首工から下流を望む30
↑多田野川に架かる芦ノ口橋表示。1972年(昭和47年)3月竣工。
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↑多田野川を横断し、安積疏水が流れていく。
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↑民家へ通じる道路の下を暗渠となり、安積疏水が通っている。
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↑民家と民家の間をぬって安積疏水が流れている。
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↑暗渠から出てくる安積疏水。
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↑この先、小高い山の際をどんどん流れていきます。
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↑途中、小さい「土俵場橋」の下を通ります。(1972年)昭和47年3月竣工。
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↑欄干には疏水の文字があります。(ちゃんと安積疏水と書けばいいのに!)
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↑土俵場橋から上流方面を望みます。
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↑下流方面を望みます。この先は藪と田んぼが交互に続きます。
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↑以前、郡山市長がこの橋の竣工に参加したのでしょうか?
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↑この先で川底川(かわそこがわ)を横断する安積疏水。
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↑通りから離れた所を流れている安積疏水。
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↑上部がフェンス状の蓋がしてある川底川水路橋。下は笹原川支流の川底川。
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↑川底川への分水工。
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↑錆び具合が時のうつろいを感じさせます。(渡る時にはスタンドバイミーを唄う)

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↑開けた先には田んぼが広がる。
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↑三穂田町富岡地区にてクランク状に直角に曲がる安積疏水。これは区画整理が行われたための結果でしょう。
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↑クランク出口でもう一回直角に曲がる。
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↑その先は真っ直ぐに、どんどん進んでいきます。
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↑更に進むと、笹原川の支流への分水工がある。
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↑第5号余水吐局建物。
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↑第5号余水吐局の表示。
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↑お約束の焼却スペースが隣接している除塵機。
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↑分水した水は笹原川の支流へ流れ込みます。
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↑下が笹原川の支流。

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↑更にどんどん進みます。
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↑堰ノ上橋の下を通ります。(1982年)昭和57年12月竣工。
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↑すぐ横に平行して古い橋があります。
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↑笹原川の下を通って進みます。
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↑やはりありました。焼却スペース。
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↑この先笹原川の下へ入ります。

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三穂田1地図改
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《参考文献》
◇「安積疏水百年史」 発行:安積疏水土地改良区
◇「郡山市水道史」 発行:郡山市水道局
◇「誰にでもわかる安積開拓の話」 発行:歴史春秋社
◇「みずのみち 安積疏水と郡山の発展」 発行:歴史春秋社
◇「郡山市水道90年のあゆみ」 発行:郡山市水道局
◇「安積開拓120年記念 先人の夢に逢う」 発行:郡山市 ほか