戸ノ口に見る今の安積疏水(猪苗代町・会津若松市)

十六橋1
1879年(明治12年)安積疏水事業の開削は、オランダの土木技師ファン・ドールンにより猪苗代湖の水位を調整するため、安積疏水の取水口とは反対側にある日橋川(にっぱしがわの「十六橋水門」(じゅうろっきょうすいもん)の建設から開始されました。
ファン・ドールンは会津地方から日本海に流れる日橋川の河床を下げることにより、猪苗代湖の水位を保持しつつ、戸ノ口堰(とのくちせき・布藤堰(ふとうせき)の取水量の確保も改善しています。1880年(明治13年)の成工式には6・7万人の住民が集まったそうです。
完成当時の16径間の石造アーチ橋は、1914年(大正3年)に猪苗代水力電気(現東京電力)により水門が電動式ストーニーゲートに改築され、制水門と橋梁が分離されました。その後、取水量の増大が図られ、1941年(昭和16年)の新たな小石浜取水口の完成により、「十六橋水門」の役割は低減しました。現在は増水時のみ開閉されている。

十六橋1
↑16の水門が綺麗に並ぶ「十六橋水門」
2009年(平成21年)2月6日、経済産業省は日本の近代化に貢献した歴史的な建物として十六橋水門を「近代化産業遺産」に認定しました。
※「十六橋水門(じゅうろっきょうすいもん)」は2016年(平成28年)4月19日(火)、文化庁により開催された「日本遺産審査委員会」の審議を経て、「日本遺産」に認定された37の構成文化財の一つです。
十六橋2
↑猪苗代側から望む。手前の1門は布藤堰(ふとうせき)へ続いている。耶麻郡猪苗代町翁沢大字船場
十六橋3
↑会津若松側から望む。手前の2門は戸ノ口堰(とのくちせきへ続いている。他13門は日橋川(にっぱしがわへ注いでいる。会津若松市湊町赤井戸ノ口
十六橋4
↑水利使用標識。
十六橋5
↑長工師「ファン・ドールン君」の像。
2009年(平成21年)2月6日、経済産業省は日本の近代化に貢献した歴史的な建物としてファン・ドールンの銅像を「近代化産業遺産」に認定しました。
十六橋6
↑第二次世界大戦中に金属の強制供出命令があったが、疏水常設委員の渡邊信任(わたなべのぶとの働きにより土の中に隠され、軍事物資にならずに済んだ逸話があります。それは、敵国であったオランダの人々を感動させ、国際交流に役立っています。
ファン・ドールンの足元の傷跡は当時の様子を物語っています。
十六橋7
↑像の裏に打ち付けてあるレリーフ。碑文の文字の上から打ち付けて止めてある。あらら~。
十六橋8
↑十六橋水門の旧管理事務所。
十六橋9
↑ファン・ドールン像の命の恩人(?)安積疏水常設委員「渡邊信任(わたなべのぶと」の碑も見える。(安積疏水土地改良区の初代理事です)
また、敷地内にはブルメン市の記念樹が植えてありましたが、寒さのためか、枝が折れ折れでした。(何とかしたほうが良いと思います)
戸ノ口地図改
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《参考文献》
◇「安積疏水百年史」 発行:安積疏水土地改良区
◇「郡山市水道史」 発行:郡山市水道局
◇「誰にでもわかる安積開拓の話」 発行:歴史春秋社
◇「みずのみち 安積疏水と郡山の発展」 発行:歴史春秋社
◇「郡山市水道90年のあゆみ」 発行:郡山市水道局
◇「安積開拓120年記念 先人の夢に逢う」 発行:郡山市 ほか
◇「国営新安積土地改良事業」 発行:東北農政局 新安積農業水利事業所
◇「安積疏水125年の水しるべ」 発行:安積疏水土地改良区

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