東北自動車道、郡山南I.Cと郡山I.Cのほぼ中間に位置する出磬山(でけいやま)。ここは、およそ140年前に、福島県令であった安場保和(やすばやすかず)と中条政恒(なかじょうまさつね)が山頂から安積平野を見渡して、これから進める歴史的偉業の安積開拓について語ったとされています。
住所:福島県郡山市片平町新蟻塚
↑出磬山山頂。碑が4つ点在している。
↑1つ目。「馬頭観世音」の石碑。愛馬の供養として祀ったのでしょう。
↑ ウラ面には、
祈馬正安全 出征軍馬 昭和12年8月21日
高逓 伊東 舛衛
全成逓 笠間 幸祐
安斉逓 安斉 傅木
森川逓 沓川 亀四郎 昭和13年3月15日之建 とある。
↑2つ目。上部が欠けた「○○記念標」。○○百年と、年号も読めない。欠けた上部は撤去されたのか見当たらず、残念である。
↑中条政恒を敬意していた伊東義山(久右衛門)が発起し、明治43年(1910年)に建立されました。
※伊東義山は号を出磬庵義山と称し、碑を建てた出磬山に桜を植え、桜の見所としようしたようです。
碑の末尾には「此山に にほひ残して 花の雲(義山)」と刻まれています。
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追記2017年2月17日
※ここから1.2km程東へ移動した道端に、伊東義山が建てた句碑があります。
「桜がり きどくや日々に 五里六里」(芭蕉)
明治37年(1904年)5月建立。柳沼藤介 判。
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↑頂上からは、松が茂って安積平野が見渡せません。140年前であれば一望出来たのかな?
↑出磬山(でけいやま):標高292.7メートル。
※国土地理院の地図では出珪山の表記となっており、三等三角点が設置されています。
地元の方は「でっけ山」と呼ぶそうです。
現在は、陸上自衛隊郡山駐屯地 高森訓練場となっている。
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追記2018年10月31日
明治43年(1910年)に建立された出磬山碑の写しが開成館の!Fに展示されています。
2Fへの階段を背にしてあるので見落としそうです。
出磬山碑拓本(写)
「中條政恒が登り、安積原野を見渡した出磬山山頂。そこに、中條の没後建立されたのが出磬山碑である。
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《参考文献》
◇「かたひら」 発行:片平歴史の会 ほか