竹之内発電所(たけのうちはつでんしょ)

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竹之内発電所は1919年(大正8年)7月に運転が開始されました。建設したのは郡山電気会社で、1921年(大正10年)に運転が開始された丸守発電所も建設しています。
ちなみに郡山電気会社は、郡山絹糸紡績会社の発電部門が独立して出来た会社です。郡山絹糸紡績会社と言えば、1899年(明治32年)沼上発電所を造った会社。郡山絹糸紡績と郡山電気は親会社と子会社の関係とも言えますね。
※「竹之内発電所(たけのうちはつでんしょ)」は2016年(平成28年)4月19日(火)、文化庁により開催された「日本遺産審査委員会」の審議を経て、「日本遺産」に認定された37の構成文化財の一つです。

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↑沼上発電所から竹之内発電所への取水口。磐越西線の下を隧道で流れてきます。
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↑磐越西線の向こう側に沼上発電所が見える。手前は設置された除塵機。

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↑国道49号線から地元の生活道へ入ると竹之内発電所の水圧鉄管が見えてくる。

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↑取水工から山を抜けた水槽の余水吐からの水路。

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↑下の五百川に合流します。

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↑精悍な貯水池のダム。この人知れず佇む姿が一番好きです。

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↑コンコンと水を蓄えた貯水池。

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↑当時の会社ロゴマーク?
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↑水圧鉄管前の取水口。

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↑2本並んだ水圧鉄管。

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↑五百川の隣りには変電所がある。

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↑丸守発電所へ向かいます。

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↑丸守発電所への隧道手前の除塵機。汚れを落として向かいます。

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↑山を貫いて、丸守発電所へ向かいます。

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↑国道49号線から山を望みます。丸守発電所でまた会いましょう。
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コメント&トラックバック

拝見しました。
竹之内発電所の詳細レポートは初めて見ます。
質問なのですが、「旧道」と言うのは国道49号の旧道のことでしょうか?
また、山上の貯水池までは、水圧鉄管に沿って登って行かれたのでしょうか?
かなりの急坂だと思うのですが、いかがでしたでしょうか?

2016年10月20日 9:50 PM posted by TUKA

旧道ではないですね。
地元の生活道でしょう。
こちらは以前に竹之内発電所を訪ねた画像です。
かなりの登坂でしたが、奥まった場所にある竹之内発電所の貯水池にたどり着いた時は、
とても感動したことを覚えています。

2016年10月26日 5:38 PM posted by admin

回答ありがとうございます。
「旧来からある道」という意味でしたか。
上部貯水槽にある社章に興味がありますので、
私もそのうち訪ねてみたいと思っております。

2016年10月26日 7:53 PM posted by TUKA