平成に見る安積開拓・小林久敬(須賀川市)

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小林久敬(こばやしひさたか)は、1821年(文政4年)須賀川の中町で町役人を務めていた小林久長の次男として生まれました。若くして安積疏水の必要性を説き、全財産を投げ打って測量を行うなど、用水路づくりに奔走しました。
ところが、1879年(明治12年)、安積疏水工事に着手した政府と県は、オランダから技師・ファンドールンの指揮の下、わずか4年の短期間で安積平野へと開通させました。この時の久敬の思いはいかほどであったのか。
晩年は病気がちとなり、1892年(明治25年)、如法寺住職に看取られたながな亡くなったとのことです。71歳。
須賀川市の神炊館神社と天泉幼稚園以外にも、郡山市の愛宕神社には久敬の碑が建っています。

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↑須賀川市の天泉幼稚園にある小林久敬の碑。「百年の計は人を養うにあり」と記す。
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↑なかなか手入れが行き届かないのか、荒れた印象を受けてしまいます。郡山市の愛宕神社にある碑にしても、小林久敬の碑は何故か窮屈な所にあるようです。

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↑神炊館神社(おたきじんじゃ)入り口鳥居。
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↑神炊館神社 社記。
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↑長い参道が続く。
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↑拝殿。
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↑参道途中にある小林久敬翁顕彰碑と辞世の句碑。
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↑表示にある小林久敬の生まれた年は「安政四年」の表記は、正しくは「文政四年」ではないだろうか?
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↑説明書きは平成10年6月に須賀川史談会により建てられたようだ。
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↑辞世「あらたしの田毎にうつる月のかげ」久敬 とある。
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↑小林久敬翁顕彰碑の表示。右上には「汝の道を進め 人をして語るにまかせよ」ダンテとある。なかなかシャレている碑だ。
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↑1950年2月18日除幕式。杉原文吾建立とある。
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↑後ろには昭和25年2月建立とある。

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