久留米藩に見る開拓の軌跡(南久留米)

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●1878年(明治11年)11月11日、政府の勧奨により入植第一陣として久留米藩士族が郡山村に到着。その後、大蔵壇原に40戸入植。対面原(喜久田・日和田)には101戸が入植しました。
●1880年(明治13年)11月、大蔵壇原に真宗本願寺派説教所を上棟。
●1882年(明治15年)9月、大蔵
壇原と対面原(喜久田)に故郷の水天宮分霊を奉祀し水天宮を祀る。また、対面原(日和田)には金刀比羅神社が守護神として祀られている。
追記——————————————————————————————-

※「久留米水天宮(くるめすいてんぐう)」は2016年(平成28年)4月19日(火)、文化庁により開催された「日本遺産審査委員会」の審議を経て、「日本遺産」に認定された37の構成文化財の一つです。

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↑水天宮入口。郡山市久留米三丁目
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↑社号標。福島県知事であった松平勇雄(まつだいらいさお)による書。
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↑安産子授けの神としての水天宮の紋が入っている。
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↑参道。
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↑顕彰碑。
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↑「開墾四拾年記念碑」を記す石柱。
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↑大正7年4月建立とある。
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↑水天宮社殿改築記念碑。昭和7年10月とある。
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↑久留米土地改良記念碑。昭和45年11月11日。
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↑堂々たる鳥居。
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↑参道。
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↑参道横にある(財)久留米開墾報徳会十周年記念碑。昭和61年10月18日。
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↑鳥居。
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↑拝殿。
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↑社殿の額。
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↑斜めからの拝殿。
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↑本殿。
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↑北側から本殿を望む。
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↑境内には九州久留米ライオンズクラブより寄贈された、久留米藩篠山城趾より移したふるさとの石がある。1981年(昭和56年)10月。1,600kmのかなたから運ばれました。
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↑更に久留米開墾百周年記念碑がある。1978年(昭和53年)11月11日。
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↑その隣には開墾八十周年記念碑がある。
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↑境内には両部タイプの鳥居(?)もある。

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↑水天宮に併設する久留米開拓資料館。
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↑今は久留米公民館となっている大蔵壇原に建つ久留米藩士族 入植者の碑
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↑説明文
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↑郡山商工会議所青年部 平成7年2月吉日建立
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↑久留米開墾120周年記念事業協議会による「久留米開墾百二十周年記念碑」が入植者の碑の隣りに建つ。平成13年10月吉日建立。

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↑水天宮の隣にある池。今は池の周囲がコンクリートで固められ、昔の面影は微塵も感じられない。(このような工事をみると、他にいい方法がなかったのかとつくづく思う)
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