安積疏水あれこれ

安積疏水神社(あさかそすいじんじゃ)
大谷一号水路橋(おおやいちごうすいろきょう)
川底川水路橋(かわそこがわすいろきょう)
出磬山(でけいやま)
安積疏水橋を五百川から望む
稲田泉田分水工(いなだいずみだぶんすいこう)
麓山公園(はやまこうえん)1
麓山公園(はやまこうえん)2
竹之内発電所(たけのうちはつでんしょ)

安積疏水神社(あさかそすいじんじゃ)


安積疏水神社は1879年(明治12年)、疏水開削工事における作業の安全・事業の早期竣工を祈念してめがね橋のたもと建てられました。豊受大御神(とようけおおみかみ)・水波能売神(みづはのめのみこと)が奉祀されており、疏水工事へ向かう作業員はその日の安全を祈ったそうです。1909年(明治42年)には、地元の疏水開削関係者が中心となり石造りの祠が修復されました。
その後、疏水神社の再建運動が起こり、疏水創業における貢献者の大久保利通・松方正義・伊藤博文の三公の霊を合祀した盛大な神社落成式が臨時大祭として、1935年(昭和10年)4月29日に挙行されました。
現在の熱海頭首工敷地内へは、県道の切払仲井線(きりはらいなかいせん)通過にともない1975年(昭和50年)に神社・記念碑とともに遷宮移転されています。
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大谷一号水路橋(おおやいちごうすいろきょう)


1960年(昭和35年)に造られた約800メートルに及ぶ高架式水路。南北に通る道に対して、逆サイホン式でほぼ真西から真東へ流れていきます。
住所:郡山市三穂田町大谷地内
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五百川、戦時中の橋脚


↑熱海頭首工から五百川の川下を望むと見える橋脚の一部。以前から旧道の一部なのかな?と、不思議に思っていました。先日、久しぶりに訪れた郡山歴史資料館にてその疑問が解けました。
『「まぼろしの地下工場」跡地』、として3Fに展示してあったパネル。戦時中に道幅10メートルの地下工場へ続く橋が、磐梯熱海駅と五百川を結ぶこの位置に記した略図ありました。旧日本軍の施設のため詳細は公表されていないのでしょうが、展示用パネルとして存在していることは驚きです。