熱海地区に見る水道用水〜熱海拡張事業(郡山市)

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熱海地域は温泉街の急速な発展により吸水量に不足をきたすようになりました。
そのため、1969年(昭和44年)1月より1972年年度(昭和47年年度)まで、簡易水道時代の水源地であるトコロ山地先の深沢川を水源とする新たに取水場建設が始まりました。
この熱海水道拡張事業によって熱海浄水場・配水池・深沢川取水場が造られています。
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三春地区に見る水道用水〜第七次拡張事業(郡山市・三春町)

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荒井浄水場は第7次拡張事業として、主に田村町・中田町などの郡山市東部地域に給水する目的で建設されました。大滝根川をせき止めて国が建設した多目的ダムの三春ダムより取水し、約4Km離れている荒井浄水場へ導水しています。施設能力21,000㎥/日として(1997年)平成9年度に給水を開始されました。
(2010年)平成22年度の事業完成時には施設能力84,000㎥/日となる予定です。
この第7次拡張事業によって荒井浄水場・高倉配水池が造られています。
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豊田地区に見る水道用水〜第二次・第四次拡張事業(郡山市)

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豊田浄水場は、1912年(明治45年)に郡山の近代水道として、安積疏水からの分水を下の池(豊田貯水池)に注水し建設しました。
1945年(昭和20年)に は54,000人であった人口が、1950年(昭和25年)には、70,000人と激増しました。生活用水の増加・工業用水の需要増加によって水道は給水不足となり、これに対処するため、1950年(昭和25年)〜1961年(昭和36年)にかけ第2次拡張事業として豊田浄水場は大規模な拡張工事がなされました。その後、昭和39年(1964年)3月の新産業都市指定、昭和40年(1965年)には1市5町7村の大同合併に伴い、水の需要は急速に増加しました。
そのため、昭和40年度〜41年度にかけて第4次拡張事業として豊田浄水場内に急速沈殿池や急速ろ過池を増設し、1977年(昭和47年)には国営安積疏水農業水利事業と郡山市上水道事業との共同事業に関する協定書を締結。翌1978年(昭和58年)から安積疏水の施設を利用して上水を供給し続けています。
この第2次拡張事業によって豊田浄水場の緩速濾過池・浄水池・配水池が造られ、第4次拡張事業によって急速濾過池・急速沈殿池・浄水池が造られています。
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桜木地区に見る水道用水〜第一次拡張事業(郡山市)

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発展を続ける郡山の人口は増え続け、大正7年(1918年)には25,000人程になり、計画給水人口30,000人を目標として建設された近代水道は早くも給水に不足をきたすようになりました。このため、新たな水源の確保として町の北部を流れている逢瀬川から取水することを決定、大正12年度〜大正14年度に第一次拡張事業において新たな取水場、逢瀬川第一取水場が建設されました。
また、自然流下により標高の低い地域にのみの給水から、西部高台地域へ給水可能な配水塔(高架水槽)が麓山に建設され、豊田浄水場ポンプ室から配水塔に送水し、給水しました。(残念ながら、高架水槽は昭和46年3月に撤去されています)
この第1次拡張事業によって逢瀬川ポンプ場・豊田浄水場の緩速濾過池が造られています。
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逢瀬町多田野地区に見る水道用水〜第三次拡張事業(郡山市)

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第1次拡張事業により水源としていた逢瀬川第1取水場の水源が、郡山の発展とともに住宅や工場が増加し、汚染が深刻な問題となりました。 また、分水を希望する地域も増加したため、新たな水源として同じ南川上流7.5km地点に矢地内取水場を建設し、そこから豊田浄水場まで導水する第三次拡張事業が進められました。昭和37年(1962年)〜昭和40年(1965年)
この第3次拡張事業によって矢地内取水場・豊田浄水場までの導水管が造られています。
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