算額(さんがく)


日本古来の和算は、西洋数学の採用により廃止されてしまいました。郡山の和算家は、安積開拓や安積疏水の土地測量・水量計算に多いに活躍したといわれています。郡山市田村町にある田村神社と郡山市中田町にある稲荷神社に残る算額(さんがく)は、和算の水準と研究者の分布を知ることができる学術上も貴重な文化財です。
※「算額(さんがく)〈田村神社〉」は2016年(平成28年)4月19日(火)、文化庁により開催された「日本遺産審査委員会」の審議を経て、「日本遺産」に認定された37の構成文化財の一つです。
※「算額(さんがく)〈稲荷神社〉」は2016年(平成28年)4月19日(火)、文化庁により開催された「日本遺産審査委員会」の審議を経て、「日本遺産」に認定された37の構成文化財の一つです。
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安積疏水あれこれ

安積疏水神社(あさかそすいじんじゃ)
大谷一号水路橋(おおやいちごうすいろきょう)
川底川水路橋(かわそこがわすいろきょう)
出磬山(でけいやま)
安積疏水橋を五百川から望む
稲田泉田分水工(いなだいずみだぶんすいこう)
麓山公園(はやまこうえん)1
麓山公園(はやまこうえん)2
竹之内発電所(たけのうちはつでんしょ)

安積疏水神社(あさかそすいじんじゃ)


安積疏水神社は1879年(明治12年)、疏水開削工事における作業の安全・事業の早期竣工を祈念してめがね橋のたもと建てられました。豊受大御神(とようけおおみかみ)・水波能売神(みづはのめのみこと)が奉祀されており、疏水工事へ向かう作業員はその日の安全を祈ったそうです。1909年(明治42年)には、地元の疏水開削関係者が中心となり石造りの祠が修復されました。
その後、疏水神社の再建運動が起こり、疏水創業における貢献者の大久保利通・松方正義・伊藤博文の三公の霊を合祀した盛大な神社落成式が臨時大祭として、1935年(昭和10年)4月29日に挙行されました。
現在の熱海頭首工敷地内へは、県道の切払仲井線(きりはらいなかいせん)通過にともない1975年(昭和50年)に神社・記念碑とともに遷宮移転されています。
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大谷一号水路橋(おおやいちごうすいろきょう)


1960年(昭和35年)に造られた約800メートルに及ぶ高架式水路。南北に通る道に対して、逆サイホン式でほぼ真西から真東へ流れていきます。
住所:郡山市三穂田町大谷地内
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川底川水路橋(かわそこがわすろきょう)


国営安積疏水農業水利事業〈1970年(昭和45年)〜1982年(昭和57年)〉により、安積疏水は大規模な水路の改修と延伸が行われました。川底川水路橋も幹線用水路として一新されました。
住所:福島県郡山市三穂田町山口川底原と福島県郡山市三穂田町富岡川底原の境界に位置している。
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